今日も、耳鳴りが聞こえる。 目が赤い。腫れているのが見て取れる。 白い肌を、これでもかというほどぼろぼろ、ぼろぼろ、と跡を残して泪が伝っていく。その顔は既にぐちゃぐちゃだ。 「…っや、だ、ぁ…」 ひくりとが嗚咽をあげ、腕で泪を乱暴に拭った。だがそれで止まるなら、とっくに目の腫れはひいているだろう。 は幼子がいやいやをするように首を振り、俺の服をぎゅっと握りしめる。 唇が、不思議なほどに赤く濡れていた。 「いかないでよう、蓮…!」 大きく潤んだ瞳が懇願するようにこちらを見た。涙は止まらない。まるで体中の水分をすべて出し切ってしまおうというように、あとからあとからとめどなく流れ続ける。 「………」 俺は何も答えられず、口を噤んだまま彼女を見つめた。普段から小柄な彼女が、より一層小さく見える。 無言の返答にまたしてもの顔がくしゃりと歪んだ。 「いか、ない、でぇっ…!」 そこに潜むのは、不安と怯え。そして寂しさ。絶望。すべてがごちゃ混ぜになった複雑な感情。 彼女が何に対して泣いているのか、いやでもわかる。 シャーマンファイト。 それはシャーマンキングになるための必要な旅路。 シャーマンキングになるべくここまで来た俺には、もとから他に選択肢などないのだ。 そうたとえ明日から異国の地へ行かねばならないのだとしても。 そこで死んだとてシャーマンファイトの参加者としては仕方の無いことなのだから。 シャーマンキングになるために、シャーマンファイトに参加する。 以前は道家再興のため。今は……俺の夢のため。 それは道家に仕える彼女には、再三嫌と言うほど教えこんできた筈だ。 だが結果は。 俺は目の前の彼女を見つめた。痛々しいほどの、白い肌に赤い瞳。 「、」 「やだ、やだ、行っちゃやだ…れんがしぬの、やだ、ぁッ…!」 はことさら強く俺の服を握りしめる。そうすれば俺がアメリカへ行かなくなるとでもいうように。 何故かその言葉を否定することが出来なかった。死ぬわけがない、などと鼻で笑ってみせれば、少しはましになるかもしれないのに。 どうしてか、言葉が空回りして。心の篭もらない言葉など、何も意味を成さないことを知っていたから。 だから。 「っん…」 頬を捕らえてあやすように口付ければ、ぎゅっと小さな手が肩にしがみついてきた。余りにも頼りなく感じて、思わず片方の手で握ってやった。 細い指が絡みつく。必死に。 その仕草すらも嗚呼いとおしい、いとおしい、いとおしい、 他の何も代わりになれない、こんなにも本当はいとおしくて仕方がないのに。 離したくない。離れたくない。ずっとずっと、このままでいたいと息苦しいほどに願っているのは自分の方だ。 深く深く口付ければ、彼女の高い体温がじんわりと舌先に沁みこんで来た。 末端から感じる柔らかな感触に、まるでお互いにとけ合ってしまったかのよう。 普段はこの皮膜一枚さえもが邪魔で鬱陶しいのに、この行為をする時だけは、彼女とひとつになれたような気がする。 「…ふ、…っ」 合間に熱を帯びた声が漏れる。苦しそうに眉がぎゅっと寄せられる。だがそこに新たに浮かびくる涙の姿はない。 名残惜しげにそうっと離れれば、そこには微かな安堵。 「…いかないで、蓮」 その言葉にさえ何も言えず、ただぎゅうっとそれこそ窒息するぐらいに抱きしめてやることしか出来なかった。 出口が見えない。 空が見えない。 俺は一体、どこへ迷い込んでしまったと言うのだろう? ひとりじゃ息ができないのは、俺の方だというのに。
めくらの蜉蝣
嗚呼今日も耳鳴りが、聞こえる。 |